アステカ人は「それ」が兵士たちを強くすると信じていました。
当時の医者は病気を治すためになにかと「それ」を処方していました。
「それ」=「チョコレート」
歴史を通して見てみると、「それ」はおいしい食べ物としてよりもその医学的な価値を重要視されていました。
1672年にイギリスの医学者、ウィリアム=ヒューゲス博士は「チョコレートには栄養があり健康にいいのです。さらに、快適で自然な眠りと休息をもたらすものです」と書いています。さらにこう続きます。
「一日に二回飲むと、人は長生きするようになり、しかも、健康を害することはありません」
チョコレートは何世紀にもわたって、今日我々が知っているような固形で食べられていたのではなく、飲み物として消費されていました。マヤ族や、アステカ族、昔のヨーロッパ人にとっては、このカカオ豆からできた泡ばっかりの飲み物が自然だったのです。彼ら昔のチョコレー愛好家は、自分たちの目を覚まし、動きを機敏にし、体を強くする効果があるので、チョコレートに心奪われていたのです。
そうしてチョコレートは急速に健康な体のために欠かせない食べ物として広まっていきました。
アステカ人の生活を詳しく書いた書物には、チョコレートは、驚くべき薬として珍重されていたと書かれています。
バディアヌスとフロレンティンの古写本として知られるその書物は、アステカの言語で書かれており、スペインが征服した後に発見されたものです。
1552年に発行されたバディアヌスの写本には「カカオの花はお風呂に香りを付けるのにとても優れ、それは役人の疲労を回復するとされてた」と書かれてあります。また、1590年に発行されたフロレンティンの写本には、「カカオ豆とトウモロコシ、それにハーブを混ぜ合わせたものが、発熱や動悸を和らげ、心拍を低下させる」とも述べられています。
アステカの社会においては、チョコレートは主に聖職者や大富豪によって蓄えられていました。しかし、強さの源とも考えられていたので、兵士たちにも与えられていました。1529年にスペインの探検家ヘルナン・コルテスがアステカのモンテスマ王の宮廷にたどり着いたとき、彼とその一団はこのまるで魔法のようなチョコレートの飲み物に感動しました。
当時アステカ人はその苦い液体を『xocoatl(ソコアトル)』と呼んでいました。コルテスは、スペインのカルロス一世に宛て、「身体の抵抗力を高め、疲労を回復する飲み物を発見しました!」と、手紙を書きました。
コルテスがトランクいっぱいのカカオ豆をもってヨーロッパに帰った後、その薬としての質の高さから、チョコレートはヨーロッパ中に広まりました。チョコレートは健康増進剤や万能薬の飲み物とされ、精神的な無気力から身体的な消化器関係まで全てを治すのに大いに役立ちました。ヨーロッパではチョコレートは薬として100以上の用法があったんだとか。
今医者に行ってチョコレート出されたらみんな怒っちゃいますよねぇ。
1800年の初め、「チョコレートは特に妊婦にとっていいのだよ」とイギリスのフーゲス博士は言いました。
「チョコレートは今存在する最も素晴らしい飲み物です。それだけで他のものがなくても朝食になるし、体にもいいし、あらゆる世代に飲まれ、失神を防ぎ、さらに胎児に栄養も与えるので、赤ちゃんがいる女性にはとてもいいのです。」
そんなチョコレートを讃えて、1753年にスウェーデンの博物学者リンネウスが世界中の植物に学名を与えたとき、カカオの木には「テオブロマカカオ」と名づけました。
『神の食べ物』という意味です。
アメリカの生みの親も、チョコレートに夢中になりました。
三代目大統領トマス・ジェファソンは格言のようにこう引用しています「チョコレートの健康と栄養補給における優位性は、スペインでそうなったように、もうすぐアメリカでの紅茶やコーヒーの座をおびやかすだろう。」
しかし、後にチョコレートに砂糖やミルクが加えられるようになると、その薬としての効果はほとんど忘れられていきました。チョコレートの魔法のようなうっとりする味わいが、健康にいい食べ物としての栄光の過去に追いやっていったのです。

